ロジエの霊能者・審神ブログ

スピリチュアル 霊能 神 審神

私の兄様と、天照様

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(加筆修正、おかしくなっていた文章のところを直しました。ロジエ)

 

こんばんは、霊能者、審神研究者のロジエです。

私はまた、過ちを犯そうとしていました。
それは神様を肝心なところで信じず、試そうと「取引」することです。

純粋に信じていたあの頃、私は悪魔に騙されていたのかどうかわかりません。
でも、幸せだった。
悪魔や夜叉も暴れず、みんな大人しかった。
いい話ばかりだった。

それは、私の「兄」が、守ってくれていたのかもしれない、そう思います。
私は、朝に伊勢で天照様が姿を現さなかったら、神道を見限ると書きました。でもそれは私がいきなり神様を信じてない、ということになります。
本気で信じてないから試すのだから。邪魔されるかもしれないのに、取引までさせようとした。私は後悔と謝罪の心でいっぱいです。やっとわかった。
本気で全部信じていたら、騙されてボロボロになったけど、ちゃんと助かった人はいる。
本当は、一枚一枚、丁寧に祝詞を作らなければならなかったのかもしれない。
心を込めて、一人一人のために、神様に助けてあげてほしい、私の祝詞を聞いてください、と。

兄は、神、という名前ではないのかもしれない。
もしかしたら神道の神々は、古事記の通りに乱暴なのかもしれない。
でも、私は天照様に出会った日のことを、忘れることができない。
勤め先の神棚で、初めて見た神宮のお札。
「あなたが天照さんですね、ああ、男性なんですね?初めまして。なんて素敵なお名前、綺麗な響き。私は神道のことを何も知らないけど、これからお世話をさせていただきます、よろしくお願いします。」
それが最初の、天照様との出会いでした。
間違った祭祀をされていて、私も騙されて変な御食の供え方をしていたのに。

私は神様が好きだった。

倒れそうになった時、目の前に現れた浄衣の青い髪の男性。「おかゆを食べなさい」と言ってくださり、泣きそうになりながら食べている弱った私に寄り添ってくれていた。
私はその人を信じきることが、その時はできた。優しいねと思った。それまでは幽霊は絶対見たくない怖い、という人だったのに、その方は怖くなかった。
「君は人の死が怖いのだろう?おじいちゃんは君が怖く無くなるまで待ってくれるよ。」と言いました。
それは、私が19歳の時にパニックになった、死の恐怖です。
後からの疑問で、そんな話をするなんて、と今の今まで疑っていました。
でも、私がパニックを起こしたことを知っていて、言ってくださったのなら、それは間違いではありませんでした。
おじいちゃんはもう亡くなったけど、怖くはなかった。最期の時には会えなかったけど。それはくじけてしまった、次の日も仕事だったから。遠かった、4時間かかるから。
私は、行くべきだった。見せてもらうべきだったと思っています。

最初の師匠は、「青い髪の狩衣を着た人は誰ですか?」と聞いたら「それは天照さんやね」と言われました。
私は、あんなに優しい方が、天照様なの?と思い出してとても嬉しかったことを覚えています。
ずっとお名前を信じられず、霊能者にたくさん相談したこともあります。

 

昔、神棚で少しだけ開いた霊能で、お話を聞かせてくださいとお願いしました。そうしたら
「姫、日見返り、天地詠う、我が事のように」
とお答えをいただきました。

私は、そのメモを大事に10年持っていました。なのに、悪魔に捨てられてしまいました。

 

兄のこと。

ヒプノセラピーで見せていただいた光の御霊と木の芽の話は、同等の価値がある、そして永遠で平安で安全で安心のお兄ちゃん、それが光の御霊さんから感じることだった。
私は、初めて死が怖いことではないのだと、教えて頂いた。私は信じたい。これを。
その後、その時の勤め先の奥さんが亡くなられ、庭にいらっしゃるのが見えた。明るい光の中を、ここに居たいからまだいるんだよ、と教えていただいて。死とその後のつながりを教えていただいたのだと思った。
私は、それを教えてくださった奥さんに、悲しみの涙ではなくて、感謝の気持ちで号泣した。

 

審神なんてわからなかった、その時は。
だから火事にもなった。
でも、霊障のことを教えてくれる存在がいたり、そうやって守ってくれる存在がいたり、光の中を歩く青い髪の方はそれは優しく、はっきりと見える。
私は守られている。
雪の降る庭を、ストールのような羽織を着て歩いている青い髪の方が夢に出てきた。
私は、あなたは天照様ですか?と聞いた。
「私は確かに天照大御神です」と、やっとお名前を教えていただけた。

私は、信じる力を信じる。
だけど失礼をしたことは、謝りに行くつもり。

私は、家族が見ていた映画を見て、私がまさに疑って疑心暗鬼になり、ちょっと怒っていたところに、その映画のテーマは、信じることは力でどんな夢も叶う、ということだった。私は、泣いてしまった。純粋だった頃の私、天照様をまた信じたい。
世界は変わり、まやかしがいなくなる世界を。
神様とお話しした10年前に約束した、霊能者が神様と自由にお話しできる日が来る、そのお手伝いのことを。

信じさせてくださいではなくて、自分から信じたい。

 

話は遡り、私は19歳の時に一人暮らしをして夢を見た。
その時、実は青い髪で、今思い出せば冠と着物に浄衣ではなく白い千早を着ていた、青い髪の方が私と話をしていた。
「輪廻転生の法則を教える」と。
泥のついた宝石は、磨き上げればだんだんと大きくなり、最後には精霊騎士になる、と竜の頭で剣のクリスタルを持った、水晶の像になった。
私は、その時はるかに遠い夕日を思った。
「たどり着くには果てしない時間がかかるのでしょう?もっといい、賢い教え方ややり方があるのではないですか?」と。
そうしたら、彼は「君は優しいのだね。願えば叶う」と言ってくださった。

私はそれも疑ってしまった。どうして最後には戦士のようになるの?と。
それは仏門の道なのかもしれない。神道では輪廻転生とは言わないから。
それを教えてくださったのかもしれない。
起きて、しんどい輪廻転生は終わりにしたい、と思ったから。神道へのお誘いだったのかもしれない。でも、その方(天照様)は仏門を否定はされなかった。

 

私の、守護神を名乗る方はこう言われる。「武器で戦うことはしない」と。
人に、教えてくださっているのかもしれない。
本当の強さとは、本当の力とは、武力ではなく、光なるもの、善なるよき未来を信じることではないかと。
諦めないこと。

今日のお導きはそうだった。
考えることを放棄してもいけない、でも、信じることは大切で、それは夢を叶える本当の力であるということを。
私は、疑ってこの条件ならどう、という取引は、審神にならないと、そう考える。
取引は、悪魔が好むことだから。卑怯だから。

 

私の優しい兄様は、きっと崇高で、本物の神様だと、そのお力を信じようと。
そう思い直しました。

お導きに感謝を。


ロジエ、兄様に愛を込めて。