ソレイユ エ ロジエ

スピリチュアル 霊能 神 審神 光

心の拠り所、優しさとは

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こんにちは、ロジエです。
無印のロジエに立ち返ってみました。
禊をしたいと考えており、できるところで相談をさせてもらう予定になっています。
それからまた、今後のことは考えていこうということになりました。

私は、調べ物をしながら、過去に御神託などの歴史の壮絶さを目の当たりにし、現在でも続くそういう文書を見て、人の都合によって曲げられてきた信仰や、純粋な気持ちなのに乱暴なことしか伝わっていなかったり、そういう史実を資料を眺めながら、ではどこに、私たちは最終的な親のような拠り所を見出せばいいのか、と考えていました。
どんな人でも、老人でも、いつまでも子供のようなんだよ、と、私は親や祖父母から教わっていました。
祖父は、心の強い優しい人でしたが、最後には、私の手を握って、「もう会えないかと思ってた、もうそろそろ俺はダメだから、会いたかった」と、泣いていました。最後まで生きようとすることを諦めなかった強くて、優しい人でした。
夫の祖母に、手を握られてこう言われました。「孫を頼みます」。
そう言って、涙を流す人が多いのです。
いつまでも、人は子供のように、どんなに強くても、頼りたいところがあるのだと、わかります。

私とて、例外ではありません。
頼られるばかりの側をしてきましたが、私はそんなに強くはないのに、いつも不思議に思っていました。
私の後ろの方に言ってるの?
そんな気持ちでいっぱいでした。
私の心は、実はいつでも子供です。

そんな私は、昔、先生をしていました。
その時、教え子にこう言いました、あなたがしたいことはなんだろうね?やりたいことがある、じゃあそれから考えてみよう。やりたいことが見つからない?じゃあやりたいことを見つけたり、実験して楽しいことを見つけよう。

あれをやれ、これをやりなさい、そういう強要は一切言いません。
その人の、生きている部分を抑えてはいけないと思っています。
私が、知識があり何かを教える側だとしたら、そうする、ということなのですが、その人の、考える力、生きる活動、行動を、塞ぐようなことはしないです。

もしかしたら、神様というのは、そういう存在なのではないか、と、私の不思議な経歴を考えると、そうやって教えてくださったのかなあと思うのです。
先生をしながら、その気持ちをわかって欲しかったのではないかと…
私は、自分が先生なんて、考えられないと思っていたような人だったので。

だから、本来はあまり語らないで、でも不思議なご縁というのは本当にあって、それぞれの役割で、動いていくことを、見守っていてくださるのではないかと。
この世の構築は、物質的なこの地球にいる動物や、人の手によって、なされる世界であるべきではないか、そのように思われているのではないか…

本当に幸せなのは、自分で自分を生きる人ではないか。

だから、こだわり過ぎるのはおかしくなってくる、そのように思います。
依存、そうなると、一歩も動けなくなります。

教えられることがあるとしたら、ただ一つ。「悪いことはしないで」。
これだけだろうと思うのです。それだけで十分ではないか?と思います。

でも、本当に甘えたい人もいて、十分に甘えたら、育って自分で歩き出す、そういうサポートもあるのかもしれない、とも思います。
甘やかさないという意味ではないのです。

私は、甘えたかった。でも、誰にも甘えられなかった。
それに答えてくださったのが、神様なのかもしれません。
心優しい、果てしなく広く優しい御心を、この空や大地、全体から、感じるのです。
森羅万象のアニミズム、それが、私が拠り所とした、「神道」なのかもしれません。


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